
夢野ではない、ユメノ・・・
夢野久作の原作とは関係なく、単なる石井監督作品として観るならそれなりの雰囲気を味わえる。
石井監督が意識した割には、夢野の重要なファクターである無限地獄や倒錯的世界が
意図的に削られ、意外性の欠如した甘たるい安易な女性像しか描けていない。
初期作品、爆裂都市や逆噴射家族の鋭さには脱帽しても、元々性愛や女性を描けない
石井監督が、同郷というだけの思い入れで久作作品を「映像化」した結果の予定調和な
世界にはちょっと・・・。
いわゆるアイドルのPVとしては秀作のユメノ世界!
これを見て、夢野の世界と思うなかれ!
ドグラマグラや少女地獄の方が、原作のあやしい世界に近い作品と言えよう。
スコープで覗いた、知らない土地の奇妙な光景のような・・・
もうかなり昔にレンタルで見た「エンジェルダスト」のことが思い出される。
とにかく、怖かったのだ。異常犯罪の深層心理を扱ったような筋書きには
よく理解できない点があったが、雨の降る夜の交差点での突然死や、
何かの回る音だけが聞こえる深夜のコインランドリーでの惨劇など、
音響と視覚による不安と恐怖の演出に感心して、この監督に注目するようになった。
さて、この「ユメノ銀河」では、怪しげな運転手と若くて多感な女車掌のドラマが、
コントラストを抑えた白黒の画調に、不安をあおるように時おりかぶさる音によって、
最後まで不可思議な緊張を維持しながら描かれている。
時代設定が古く、ノスタルジックな体裁をとりながらも、演じる若手の俳優たちが
あまりに現代的な風貌でしかも寡黙な演技なので、そこがまた不思議な違和感となって、
映画に独特の雰囲気とリズムを作りだしている。
ラストの海辺でのエピソードが、この謎めいて暗いドラマを一気に別の次元へ
連れて行ってくれる。
緊張感に満ちた静謐な映像美
商品の説明にある通り、「夢幻的なモノクローム映像」で描かれる、ある種の不思議な美しさに満ちた世界。
原作は読んでいないが、一つの映画作品として正しく成立していると思う。
見どころは、やはり、もしかしたら連続殺人鬼かもしれない男にどうしようもなく惹かれてしまう女の子の、
揺れ動く心情と、一種の狂気にも似た激しさ、だろうか。
男は本当に殺人鬼なのか、主人公は、いつ殺されてしまうのか──。
一瞬たりとも気の抜けない緊張感をはらみつつ、静かに淡々と場面が積み重ねられてゆく。
男を演じた浅野忠信もさることながら、主人公を演じた小嶺麗奈が秀逸。
心の空虚さを抱え、それゆえにこそ、あえて冒険的な、破滅的な道へと突き進む若い女車掌を好演している。
浅野忠信も、何を考えているのか分からない男の不気味さを、うまく釀し出している。
静謐な映像美ゆえに、いっそう緊張感が高まる。
映画好きには一見の価値あり。
沈黙の重さ
夢野久作氏、原作の「少女地獄」の一部が映画化されている。
ふんわりとした白黒の映画にレトロ感が漂う凝った撮り方だと思った。
あまり原作の雰囲気は感じられなかったが、
シーンとしてちゃぶ台に向かい合う2人の男女の重苦しい沈黙がただひたすら続く。
そこが夢野作品らしさを出していたと思った。
台詞の表現より、沈黙を表現として出した「ドグラ・マグラ」の映像化と対照的で
面白く感じた。原作は知らなくても他の作品として楽しめると思う。
浅野くんだからと言うわけではないけれど・・・
石井聰互の「ユメノ銀河」を観て「映像の生理」のようなものを感じた。
この作品では、映像が生きており、脈打っている。鼓動さえ聞こえる。そうした「生体」としての映像を見事に白と黒の光の息づかいのうちに実現している。ちゃぶ台を挟んでなにも語らず向き合う男女のシーン、動物と化したバスが雨のなかじっと汽車に飛び込む瞬間をねらっているシーンなど、ひとつひとつのシーンで映像全体が脈打ち、血流が流れる音が聞こえるかのようだった。第一級の映画と言えよう。
ちなみに「映像の生理」を知り尽くした作家でまず頭に浮かぶのは「小津安二郎」である。
それにしても私が最近観る映画のほとんどに「浅野忠信」が出演している。手塚眞「白痴」、石井輝男「ねじ式」、塚本晋也「双生児」、相米慎二「風花」・・。「映像」にこだわりのある作家が彼を重宝がると言えるのかもしれない。
たぶん彼を使う作家たちは彼のもつ雰囲気を求めているのだろう。私はあまり好きな役者ではないけれど。
さて、この作品の原作は夢野久作である。松本俊夫が映画化した「ドグラマグラ」を思い出す。そう言えば今は亡き桂枝雀が主演だったなぁ。
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